いつのまにか空気が冷えてくる。
自然の中の音も町の音も澄んでよく聞こえるようになる。
だれにとってもそれが秋であろう。
日が暮れてからの語らいの声も、暑さのために茫洋としていた夏とはちがって、
くっきり聞こえてくる。
味覚もするどくなって、食べ物がおいしい。
夏のあいだ仕事や勉強で頑張った人は、そのあいだは無我夢中だったとしても、
ようやく収穫の実態が見えてきて、それを糧に一段と躍進できる季節である。
明るいうちは、たまには戸外へ出て、澄んだ空を仰ぎながら歩いてみよう。
さまざまな思いが湧いてくるだろう。
その思いを記憶にとどめて、夜の静けさの中で発展させることもできる。
生きている実感を味わえる季節である。
わたしの秋の音楽は、長いあいだラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」ときまっていたのに、
思いがけずサミュエル・バーバーの「弦楽のためのアダージョ」という美しい曲の存在を
教えてくれたセンスのいい素敵な人に出会ったおかげで、くりかえし、この曲を楽しんでいる。
わずか10分の短い曲だが、はじめて聴いたときには、こんな贅沢な曲が現代にあったのか、
と感動した。
こんなに美しい感覚だけで生きていけるほど人生が幸せではないことはたしかだが、
こういう感覚もあることは忘れたくない。
こういうことがあるから、若い友人との付き合いはこたえられない。
私の仕事のそれも限られた分野以外には、なかなか時間がさけなくて気づかずにいる
世界の存在を、情熱とともに教えてくれる。
もっとも、やはりそうして勧められてみた映画は、昔から見馴れている類型的なものだったが
それでもムダではない。
自然の中の音も町の音も澄んでよく聞こえるようになる。
だれにとってもそれが秋であろう。
日が暮れてからの語らいの声も、暑さのために茫洋としていた夏とはちがって、
くっきり聞こえてくる。
味覚もするどくなって、食べ物がおいしい。
夏のあいだ仕事や勉強で頑張った人は、そのあいだは無我夢中だったとしても、
ようやく収穫の実態が見えてきて、それを糧に一段と躍進できる季節である。
明るいうちは、たまには戸外へ出て、澄んだ空を仰ぎながら歩いてみよう。
さまざまな思いが湧いてくるだろう。
その思いを記憶にとどめて、夜の静けさの中で発展させることもできる。
生きている実感を味わえる季節である。
わたしの秋の音楽は、長いあいだラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」ときまっていたのに、
思いがけずサミュエル・バーバーの「弦楽のためのアダージョ」という美しい曲の存在を
教えてくれたセンスのいい素敵な人に出会ったおかげで、くりかえし、この曲を楽しんでいる。
わずか10分の短い曲だが、はじめて聴いたときには、こんな贅沢な曲が現代にあったのか、
と感動した。
こんなに美しい感覚だけで生きていけるほど人生が幸せではないことはたしかだが、
こういう感覚もあることは忘れたくない。
こういうことがあるから、若い友人との付き合いはこたえられない。
私の仕事のそれも限られた分野以外には、なかなか時間がさけなくて気づかずにいる
世界の存在を、情熱とともに教えてくれる。
もっとも、やはりそうして勧められてみた映画は、昔から見馴れている類型的なものだったが
それでもムダではない。
2009'11'01(Sun)
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