社会人さん専門の英会話スクール YAC横浜アメリカンクラブ浜松校

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Do you really want to hurt me
人は、何か人生の難題にぶつかってそれを解決できないと、いろいろ悩んだ末、


自分が意識しないまま、ある考え方に縛られていたことに思いあたる。


その考え方を唯一の、当然のものと考えているのだ。



そのときの悩みが恋とか友情の蹉跌なら、そうなってはじめて、相手は別の人格で、


自分の考え方とは違う考え方によって行動している 『らしい』 ことに目がさめたりする。



だが、こういう問題の難しさは、頭ではわかったつもりでも、気持ちの上では容易に納得


できないところにある。



そもそも、相手が自分と違う考え方をすること自体が、寂しくて許せないのだ。


何もかも、自分と共有してくれなければ不満なのである。



こういう経験を味わって初めて、孤独という言葉を生きた概念として理解するのだろう。



人はみな、無意識のうちに生まれ育った環境の中でいつのまにか身につけた考え方によって


生きている。


それは避けられない。



ただし青春時代に、まったく別種の感覚や思想をもった魅力的な人に出会って、


そのために自分が変わってしまうようなばあいもありうる。



だが、それも変化というよりは添加、つまり別の新しい考え方がつけ加わるというだけで、


それまでの考え方が全面的に消滅することはありえない。



やっかいなのは、長い間に身についた考え方はほとんど無自覚という点である。


無自覚だから、それを思想などとは考えない。


ところが思想なのだ。



たとえば男女関係について、金銭について、食事のマナーについて、


こんな身近な問題についても、人はそれぞれの思想をもっている。



One can live in the shadow of an idea without grasping it.











2009'11'23(Mon) .

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You're So Vain
"されば道人は遠く月日を惜しむべからず ただ今の一念むなしく過ぐることを惜しむべし"



兼好法師の言葉で、先日読んだ本の中に出てきた一文であるが印象深かったので頭に留めておいた。


「必要以上に過去の不出来に気をとられて今日をおろそかにしてはいけない。」という

戒めの言葉なのであろう。


ただ、いささか気にかかることは、この言葉は刹那主義とも見えることだ。


故に刹那の享楽にも充分耐え得て、刹那の中に思いっきり自己の抑圧した能力を発揮する

リズミカルで尊貴な緊張感を説いたのであろう。


それはまさに相撲取りのあの土俵の瞬間にも似ている。


彼らはあの鉄扇の引かれる前に蹲踞する。


決して延び切って勝負には入らない。


その蹲踞の姿勢も忘れて欲しくないのではないか。


過去はおおむね愚痴に始まり、愚痴に終わる。


傷つくのは本人ばかりではない。


周りの者は一層やり切れない酒を飲むのだ。


最も聞きづらいのはノスタルジックに人のこぼす "昔は・・・・・" のたわごとである。

それらの「時」は去ったのだ。


さて、どんな時が来るか、それすらも計り知れぬ昨今。


「ただ今の一念」の如く、今この時を面白おかしく働きカツ遊ぶ。


そこにこそ真の男女の、あるいは友情が生まれて人を孤独の渕から救うのだと考えるのだが・・・・・




2009'11'10(Tue) .

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Adagio for Strings
いつのまにか空気が冷えてくる。



自然の中の音も町の音も澄んでよく聞こえるようになる。



だれにとってもそれが秋であろう。



日が暮れてからの語らいの声も、暑さのために茫洋としていた夏とはちがって、



くっきり聞こえてくる。



味覚もするどくなって、食べ物がおいしい。



夏のあいだ仕事や勉強で頑張った人は、そのあいだは無我夢中だったとしても、



ようやく収穫の実態が見えてきて、それを糧に一段と躍進できる季節である。



明るいうちは、たまには戸外へ出て、澄んだ空を仰ぎながら歩いてみよう。



さまざまな思いが湧いてくるだろう。



その思いを記憶にとどめて、夜の静けさの中で発展させることもできる。



生きている実感を味わえる季節である。



わたしの秋の音楽は、長いあいだラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」ときまっていたのに、



思いがけずサミュエル・バーバーの「弦楽のためのアダージョ」という美しい曲の存在を



教えてくれたセンスのいい素敵な人に出会ったおかげで、くりかえし、この曲を楽しんでいる。



わずか10分の短い曲だが、はじめて聴いたときには、こんな贅沢な曲が現代にあったのか、



と感動した。




こんなに美しい感覚だけで生きていけるほど人生が幸せではないことはたしかだが、



こういう感覚もあることは忘れたくない。




こういうことがあるから、若い友人との付き合いはこたえられない。



私の仕事のそれも限られた分野以外には、なかなか時間がさけなくて気づかずにいる



世界の存在を、情熱とともに教えてくれる。



もっとも、やはりそうして勧められてみた映画は、昔から見馴れている類型的なものだったが



それでもムダではない。





2009'11'01(Sun) .

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At Seventeen
少々英語に長けた人の中には

「four-letter-wordsやスラングは汚い俗語だから必要ない」

などとおっしゃるお行儀の良い方がいますが、

冗談じゃない!

ネイティブ同士での会話ではごく普通に使われているし、

映画なんかでは極めて頻繁に登場してくるので

スラングやfour-letter-wordsを知らないとストーリーの醍醐味が半減してしまいます。

しかし生半可に、覚えたスラングやfour-letter-wordsを連呼すると

人間性を疑われかねませんのでご注意を!

いずれにしろ、スラングやfour-letter-wordsを使う、使わないはその人の自由として

会話の「潤滑油」として知っておく必要があります。

ネイティブなら毎日使っている表現でありながら、われわれ日本人には理解しがたい

「大人の生きた英会話」をワンポイントでご紹介します。




【bitch】ふしだらな女、意地悪な女、身勝手な女、あばずれ女

本来の意味は「メス犬」だが、「メス犬」が時と場所をかまわず交尾をすることから、

女性(特に尻軽女)を侮辱するときに使われる。

最近では単に「女性、女の子」の意味でも使われるようになった。


Who'd marry that bitch?              Nobody I can think of.
(あんなあばずれと誰が結婚するんだい?)   (そんなやつ誰も思いつかないよ!)


Tell that bitch to be cool!
(あの女に、ガタガタわめくなって言え!)


他に、(愚痴)る、(苦情)を言う、(不平・不満)を言う などの意で動詞・名詞としても使われる。


Stop bitching!  (ぶつくさ言うのをやめろ!)


I don't want to listen to your bitiching any more. (お前の愚痴なんかもう聞きたくないよ)






2009'10'28(Wed) .

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Only Yesterday
絶望 怒り 不満 妬み 怒り ・・・・


こういうものがあるから


われわれは美しいものを想像して「憧れ」というものを抱く


自分に達成できないもの


手のとどかないものを他人の中に見て憧れ


美しいものを探して心の支えを得ようとする



何でも くさしてしまう皮肉屋もいるが


じつは その皮肉も憧れの裏返しなのである



幸せなときには なかなか生きている実感を得られない



そう考えてみると


不幸も捨てたものではない


不幸の中で人は 人生についての思いを深め


生きていることを実感できる



歓楽が果てたとき・・・・



というのは なかなかいいもので


その寂しさの中で 人は生きている実感を味わうことができる



だから失恋にも意味はある



ただし失恋をするためには まず恋をしなければならない






2009'10'18(Sun) .

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